今日は父の住んでいる施設でながしそうめんパーティーがあった。
唐突すぎる始まりだけど、私の父(ここでは仮にふじおと呼ぼうなんとなくw)
つまりふじおは認知症なのである。
今73歳のふじおが認知症になったのは64歳の時だったから、もう10年近く経つのかぁ。。
年明けも一度脳出血で緊急入院して、さすがにもう死ぬのかと私のメンタルが三途の川渡りかけたけど(笑)
でも本人は割とスグに退院して今は相当元気な状態。
そうは言ってもいつ何があるか分からないことには変わりないのぢゃ。
そんなふじおは、もともと超がつく寄りの破天荒さんで、色んな人に迷惑をかけた。
そんなだから、気づいたら自分の親戚とも疎遠になってた。
母の方は、私が小学校に入ったばかりの時にガンで亡くなっているので、そこからはずっと二人暮らしだった。
母の実家は本州なので、母の死後よりずっと疎遠 /(^o^)\
しかもふじおは自分の親戚に迷惑をかけてしまい、こちらとも疎遠になったわけだから。
気づいたら、私とふじおの周りに親戚という人は一人もいなかった。
(祖父祖母もれなく死亡)
破天荒なふじおは破天荒なりに必死で私のことを育ててくれていたから今では感謝しかない。
だけど、そんなふじおの破天荒ぶりに嫌気がさした時期が10代の最後にほんの一瞬きてしまった。
そんな時に限って悪いことがいろいろ起きる。
ただし後悔したって仕方がないし、むしろどうしようもない /(^o^)\
そう思えるようになったのも、地味にかなーり最近だ。
こないだ死んだでんすけ(ハムスター)は、一言で性格を言うと
「好奇心旺盛な臆病者」で、
いっつも楽しいことしたくてウキウキしているんだけど、いざ何かを始めるといつもへっぴり腰でおそるおそる(笑)
でも楽しいことしたいのーーー!!!
みたいなコであった (w´ω`w)
これって、ハムスターだから可愛いのであって、人間だったらただめんどくさいやつ。
そしてずばり私である(笑)
楽しいことはしたいんだけど、いつも色んなことが怖くてびくびくして勝手に悪い妄想を膨らませてどんどん前に進めなくなる。
でも楽しいことはしたいんだよーーって、
お前何がしたいねんっ(☼ Д ☼)
つまり私が一番必要なことって、「怖いから無理!できない!もうやだ〜〜っっ」ていう悪循環から卒業することだったんじゃないかと。
私は物心がついた時から何でもかんでもおっかなびっくりだった。
きっとこれはもう、生まれつきに近いんだと思う。
私はそういう人だから仕方ないの!
って、自分で諦めてたっていうか、きっと思い込んでたんだと思う。
自分のそれに気づくのがひとつ。
気づいたら改善をしていく。
気づいたことが自分の中では相当な発見で、なんだかその部分を変えようと動くことが全ての始まりな気がした。
急に変わる訳はないけど、だけど一つ一つ勇気を出して変えていこうとする積み重ねが、実を結んでくれる時が来るかもしれない。
ふじおは認知症になってしばらくの間はいらいらしていた。
変わっていく自分をなんとなく分かっているんだけど、それすら忘れていく感覚が怖くて怒っていたんだと思う。
認知症になった時に私はずっとふじおの側にいてあげたかったけど、どうしても無理だった。
だからふじおを施設に預かってもらうことが辛くて、ずっと自分を責め続けていた。
最初はずっとイライラしていたふじおだけど、どうやらそんな状態にも人って慣れていくらしい。
きっと今の施設も居心地がいいからだと思う。
ここ数年のふじおはまるで仏さまのようだ。
ふじ仏さまは年々足腰が弱って、年明けの入院がきっかけでとうとう車椅子生活になってしまった。
歯もかけてるし、体も曲がってるし、トイレの介助は二人掛かりだ。
何より64歳で認知症になった訳だ。
周りの人は可哀想といったよ。私たちを。
ふじおの借金を返すために一生懸命働いてた10代。
可哀想な子っていってたよ。私を。
父親のクズっていわれたよ。おとうさん。
でも、私にとってお父さんはいつもニコニコしてる仏様で、いつも私を元気にしてくれる。
はたから見たらクズでも、私にとっては素敵なお父さんで、小さかった私を抱っこしてくれた優しいお父さんのまんまなんだ。
- 親戚がいないから不幸とか
- 認知症だから不幸とか
- 施設暮らしだから不幸とか
そんなことじゃないって、にこにこ父さんはいつも教えてくれるんだ。
いっしょにそうめんを食べながら、あとどれだけ一緒に居られるかなって考えてた。
来年の今頃はどうしてるかな。そのあとは。
考えてもしょうがないけど、だからその分大事にしなきゃなって思うことができるのだ。
夢中でそうめんを食べてるくらいだから、しばらく大丈夫ぽいけど \(^o^)/ワーイ